5月17日の礼拝説教より

『励ましてくれる存在』平松牧師

聖書:ヨハネによる福音書16章25~33節

「わたしはこれらのことを、たとえを用いて話してきた。もはやたとえによらず、はっきり父について知らせる時が来る。その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる。わたしがあなたがたのために父に願ってあげる、とは言わない。父御自身が、あなたがたを愛しておられるのである。あなたがたが、わたしを愛し、わたしが神のもとから出て来たことを信じたからである。わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く。」弟子たちは言った。「今は、はっきりとお話しになり、少しもたとえを用いられません。あなたが何でもご存じで、だれもお尋ねする必要のないことが、今、分かりました。これによって、あなたが神のもとから来られたと、わたしたちは信じます。」イエスはお答えになった。「今ようやく、信じるようになったのか。だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」

 いつまで我慢すればいいのか。私たちは大きなことが起こりますと、どうしても見えるところばかり目が行って頭を抱えてしまいがち。疫病しかり、災害しかり、自分にとっての大事件もしかり。そして目に見えないところに気を配る余裕がなくなり、右往左往するばかり、不安ばかり。

 ヨハネ福音書16章で、イエス様は「わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く。」と言われました。それを聞く弟子たちの心境は平安どころか不安ばかりだったかも知れません。今の私たちのように。そんな時、「今ようやく信じるようになったのか」と言われるも、見えなくなってしまうものです。

童話『星の王子さま』に「いちばんたいせつなことは、目に見えない」という言葉があります。確かにそうです。しかし、「わたしが行けば、弁護者(助け主なる聖霊)をあなたがたのところに送る。」と約束されたイエス様は、「成し遂げられた」という言葉を残して死に、よみがえり、そして天にのぼり、全能の父なる神の右に座すことによって、まさに約束を成し遂げられました。

 それぞれの人生のただ中でこのお方と出会い、その言葉をじっくりと味わい、励まされていく時、「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」との励ましがあなたの人生の芯となるのです。


日本キリスト教団 八尾東教会

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