3月1日の聖日礼拝説教より

『誘惑、試練、そして信頼』平松牧師

聖書:マタイによる福音書4章1~11節

さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、言った。「神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』と書いてある。」イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」と言われた。更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。すると、イエスは言われた。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた。

 キリスト(救い主)としての第一歩で、イエス様は「悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれ」ました。福に見せかけた悪魔の誘惑、そしてその誘惑へと導く神の試練を前に、イエス様は何を思ったのか。荒れ野での断食には命の危険が、悪魔からの誘惑には信仰の危険がありました。これらの危険を乗り越えるには神様への絶対的な信頼が必要不可欠でした。

 イエス様が空腹を覚えた時を、誘惑する者は見逃しませんでした。自分の欲望を満たすために神の力を利用させようとしたり、いざという時に神が自分を守ってくれるか試させようとしたり、支配欲をくすぐろうとしたり。しかしイエス様は、神様との関係を壊してしまうような誘惑に対して、神様のお言葉に対する信頼をもって断固拒否されました。

 神様との関係を壊してしまう誘惑は、誰もが人生の中で何度となく何らかの形で経験していることでもあります。特に今、新型コロナウイルスへの不安が広がっています。目に見えないからこそ恐れ、多くの人が混乱し、試練の中に置かれています。イエス様は試練の中で、「あなたはわたしの愛する子」という大いなる祝福を無にしない神様への絶対的な信頼をもって乗り越えられました。私たちも、誘惑や試練の中にあって、イエス様に学び、神様に信頼して向き合っていきましょう。


日本キリスト教団 八尾東教会

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