2月23日の聖日礼拝説教より

最終更新: 3月7日

『心の穴を埋めるのは』平松牧師

聖書:ヨハネによる福音書6章1~15節

その後、イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。

 過越祭前のある日、山に登り、弟子たちと一緒に座っていたイエス様は、追ってきた成人男性だけでも五千人という群衆を見て、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいのか」とフィリポに聞きました。弟子たちはお手上げ。

 しかしイエス様は人々を座らせました。アンデレが話に出した少年の5つのパンと2匹の魚を手に取り感謝の祈りを唱えて人々に分けて食べさせると、なんと皆が満腹。残ったパンの屑を集めると、十二の籠がなんといっぱいに。人々はイエス様のなさった奇跡を見て「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言いました。

 その翌日、イエス様は「私の父が天からのまことのパンをお与えになる」「神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである」「私が命のパンである。私のもとに来る者は決して飢えることがなく、私を信じる者は決して渇くことがない」と。イエス様は、あなたにその鼻に命の息を吹き入れられて生きる者となった者としての命を取り戻すために、あなたの命のパンとなられました。

 私たちは心の穴をいろいろなもので埋めようとしますが、なかなか埋まらないものです。なぜなら、それは神の形をしているから、という言葉を聞いたことがあります。イエス様があなたのために命のパンとなられたのは、すべてはあなたが神に満たされるためなのです。


日本キリスト教団 八尾東教会

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