2月16日の聖日礼拝説教より

最終更新: 3月7日

『なんということでしょう』平松牧師

聖書:ヨハネによる福音書5章1~18節

その後、ユダヤ人の祭りがあったので、イエスはエルサレムに上られた。エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです。」イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。その日は安息日であった。そこで、ユダヤ人たちは病気をいやしていただいた人に言った。「今日は安息日だ。だから床を担ぐことは、律法で許されていない。」しかし、その人は、「わたしをいやしてくださった方が、『床を担いで歩きなさい』と言われたのです」と答えた。彼らは、「お前に『床を担いで歩きなさい』と言ったのはだれだ」と尋ねた。しかし、病気をいやしていただいた人は、それがだれであるか知らなかった。イエスは、群衆がそこにいる間に、立ち去られたからである。その後、イエスは、神殿の境内でこの人に出会って言われた。「あなたは良くなったのだ。もう、罪を犯してはいけない。さもないと、もっと悪いことが起こるかもしれない。」この人は立ち去って、自分をいやしたのはイエスだと、ユダヤ人たちに知らせた。そのために、ユダヤ人たちはイエスを迫害し始めた。イエスが、安息日にこのようなことをしておられたからである。イエスはお答えになった。「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」このために、ユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとねらうようになった。イエスが安息日を破るだけでなく、神を御自分の父と呼んで、御自身を神と等しい者とされたからである。

 エルサレムの「ベトザタ」と呼ばれる池は水が動く時に最初に池に入れば病気が治ると言われていた池でした。イエス様はそこで大勢の病人の中で38年もの長い間、身動きできず病に苦しんでいる孤独な人と出会いました。イエス様は「良くなりたいか」と声をかけられ、彼の心の奥底にしまい込まれた思いを引き出し、「起き上がりなさい」という言葉を告げました。

 「起き上がりなさい」は原典ギリシャ語ではイエス様がよみがえったことをも言い表す動詞エゲイローの命令形が用いられています。イエス様が死から起こされたように、彼は病から起こされ、驚くべきことに寝具を担いで歩き出したのです。十字架の主、復活の主イエス・キリストと出会って、そのお言葉に触れるということがどういうことか、その内側で何が起こるのかを教えてくれます。私たちも日々、イエス様と出会って、心のこもったお言葉に触れて、喜びをもって内側から変えられていきましょう。

 イエス様は私たちの心の奥底の声を引き出そうとし、目覚めさせてくださいます。なんということでしょうか!それに対して恩を仇で返す私たちの弱さ、なんということでしょうか!しかしそれでもなお向き合ってくださり、「だから、わたしも働くのだ」と言ってくださる。なんということでしょうか!


日本キリスト教団 八尾東教会

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