日曜のあしあと 9月22日

9月22日の八尾東教会は…

教会学校から始まりましたが、子どもたちも体調不良などで欠席し、ちょいと寂しい感じでした。


八尾東教会では礼拝5分前から、オルガンの奏楽によって礼拝の備えがなされますが、

9月の聖日礼拝では、試みとして、ワーシップソング(ポピュラー音楽の音楽スタイルを用いた賛美歌)を歌うことになりました。

ソングリーダーは神学生が担当♪


聖日礼拝では高齢者祝福式が行われ、80歳以上の方々のために祝福の祈りをささげました。

礼拝後は、いつものように菓子パンと紅茶で「交わりの会」

楽しい歓談のひとときでした。


またこの日は午後2時半から

地区有志教会合同壮年会の「教会ファミリーデー」ということで、東大阪市の小阪教会に言ってきました。

礼拝、スライドショー、ゲームや綿菓子作り、バーベキューでとっても楽しいひとときでした。


聖日礼拝説教より

『その誇りはどこから?』

聖書:ガラテヤの信徒への手紙6章14~18節

 

 ガラテヤの教会では、ユダヤ人キリスト者が特に同胞からよく思われたがって、ただキリストの十字架のゆえに迫害されたくないばかりにガラテヤ人キリスト者に無理やり割礼を受けさせようしていた、といいます。使徒パウロは、ガラテヤの信徒たちが信仰義認ではなく律法主義へと揺らいでキリストに対する確信が弱められ、キリスト者としての誇りが誇りではなくなることを危惧していました。

「誇る者は主を誇れ」(Ⅱコリント10:17)、「わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません」(ガラテヤ6:14)と言ったのはパウロ。「誇り」とは、誰にとっても生きていく上での大切な根っこであり、アイデンティティにも深く関わる重要なことです。ところが、ガラテヤ人キリスト者を混乱させている大きな声は神の民としての誇りを得るために割礼を受けさせようと。これは自分の力で得ようとする傲慢さの象徴です。この傲慢さは私たちも陥りやすい落とし穴、すぐに自分の力を誇ろうとしてしまいます。

だからこそ、パウロは【大切なのは、新しく創造されることです。】と言うのです。傲慢さを十字架にはりつけ、古い自分が打ち砕かれるところから、主の十字架こそ我が誇りとする者へと新しく造り変えられていきましょう。

(平松牧師)

日本キリスト教団 八尾東教会

〒581-0831 大阪府八尾市山本町北7丁目8−2

Tel&Fax 072−922−6677

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