日曜のあしあと 3月24日

最終更新: 2019年4月6日

3月24日の教会学校にはいつもの子どもも来てくれて

楽しいこども礼拝となりました。


さて、

3月6日から受難節に入り、この日の聖日礼拝は受難節第3の主日。

八尾東教会では以前から、受難節の礼拝終盤で「レントの灯消灯」を行っています。

礼拝開始前に7本の燭台に立てられた5本のロウソクに点火。

そして礼拝終盤にイエスの受難にちなんだ聖書の言葉に耳を傾け、讃美歌を歌いつつ、消灯の言葉と共に3本目のロウソクを消灯。


礼拝後の「交わりの会」は、いつものように菓子パンと紅茶で、みんなでおしゃべりタイムとなりました。


そしてその後は、イースター礼拝に向けてのトーンチャイム練習の準備も。


聖日礼拝説教より

『弟子入りの生き方』

聖書:ルカによる福音書9章18~27節

 

 食事の奇跡の後、イエス様が一人で祈っておられた時のこと。イエス様は「群衆は、わたしのことを何者だと言っているか」と弟子たちに尋ねられました。彼らは「洗礼者ヨハネだ」「エリヤだ」「だれか昔の預言者が生き返った」と言う噂を紹介しました。それを受け、イエス様は「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」と。ペトロが「神からのメシア(救い主、キリスト)です。」と答えると、イエス様はご自分が「必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」と初めて弟子たちに話し始めました。

 さらに「自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。」「ここに一緒にいる人々の中には、神の国を見るまでは決して死なない者がいる。」などと言われました。それはイエス様とのつながりにおいて生じる神の前に生きる者の命のこと。この文脈においては、極限状態の中で自分の力で自分を救おうとする思いが優先されることなく、十字架の救いを信じて、殉教をも覚悟するほどの決意でイエス様に従おうとする者は、逆に肉体の死を超える永遠の命に生かされる、ということ。

 ルカはここに「日々」を書き加えました。それは、キリストの弟子として生きる私たちの日々の生き方に深く関わる教えとして聞きましょう。

(平松牧師)

日本キリスト教団 八尾東教会

〒581-0831 大阪府八尾市山本町北7丁目8−2

Tel&Fax 072−922−6677

  • Facebookの - ホワイト丸
  • ツイッター - ホワイト丸
  • Instagramの - ホワイト丸