日曜のあしあと 10月14日

この日の教会学校は教会学校スタッフが礼拝のお話を担当でした。

いつもの子どもたちに加え、某ミッションスクールの高校生も出席してくれました。

ちょうど高校の文化祭前ということで、子ども礼拝後は文化祭の話題が広がりました。


この日は日本基督教団では「神学校日・伝道献身者奨励日」ということで、神学生の説教担当でした。

初めての方の出席もありましたが、とても恵まれたひとときでした。



礼拝後はいつものように交わりの会が行われ、みんなで軽食をいただきながら楽しいひとときを過ごしました。

そしてその後は婦人会例会が行われました。


聖日礼拝説教より

『証しは真実である』

聖書:ヨハネによる福音書5章31~40節

 

二千年前に、三十八年も病気で苦しんでいる人がいて、その人は立って生活することができず、ずっと横になって生活していました。当時のエルサレムには、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、その池に入ると、病気が治ると言われ、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢、池の回廊に横たわっていたと、ヨハネによる福音書の五章に書かれています。三十八年も病気で立つことも出来ず、横になって生活していた人は、誰かが、病気の治る池に入れてくれたら、病気が治るのにと言いながら、池にすべての希望と夢をかけていました。そういう人の所に、イエスキリストが行かれて、最初になさったことは、すぐに病気を治したのではなく、まずその人の話しを聞きました。三十八年間歩けなくて、毎日泣いていた人から出た言葉は、早く病気を治してくださいのではなく、誰もあの池に、自分を入れてくれなかったということです。こんなに痛いのに、毎日寂しい気持ちで心が辛いのに、だれも話しかけてくれないし、病気も辛かったけれども、もっと辛かったことは、共同体の中で、独りぼっちで、寂しかったとイエス様に辛い、心情を注ぎました。しかし、ユダヤ人たちは、イエス様が安息日に、神様からではない他の力を借りて、病気を治したと嘘を言い、神様を御自分の父と呼んで、御自身を神様と等しい者であると言ったということで、イエス様を殺そうとしましたが、イエス様が安息日になさったことは、三十八年間、毎日病気で苦しんで、誰にも池に入れてもらえなくて、毎日泣いていた、人の話しを聞き、涙を共にされたことです。これこそ、主の祝福であり、父の御心であり、父は子を愛して、御自分のなさることをすべて子に示された証しであり、真実なのです。

(咸神学生)

日本キリスト教団 八尾東教会

〒581-0831 大阪府八尾市山本町北7丁目8−2

Tel&Fax 072−922−6677

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