日曜のあしあと(9月30日)

この日は台風24号が日曜午後に最接近するということで、残念ながら、急きょ教会学校はお休みとなりました。


聖日礼拝は、電車が台風による運休などで来れない方々もおられ、いつもより3〜4割減の礼拝出席となりました。

また、礼拝説教も短めに準備し、礼拝後の賛美歌練習も短め、その後の交わりの会はお休みとして、皆さんにはなるべく早くお帰りいただきました。


本来この日の午後2時から音楽伝道集会としてゴスペルコンサートが予定されていましたが、金曜の夜、音楽ゲストと相談し、残念ながら中止という判断となり、役員さんに連絡を入れました。

当日も何件か開催するのかどうかの問い合わせがありとても残念。振り替えが難しいですが、またの機会となりました。


台風は大阪の左側を通過したこともあって、雨はそれなりに多かったですが、風はあちこちに大きな被害をもたらした(教会にもいくつか被害あり)21号よりもずっと穏やかでした。よかったです。


聖日礼拝説教より

愛する人たちと呼ばれて』

聖書:ヘブライ人への手紙6章4~12節

 

 ヘブライ人への手紙の書き手はしんどい状況下でキリストへの信仰を捨てたいと思い始めている信仰者たちに向けて叱咤激励を送ろうとします。5:11以下、信仰的にはもう大人のはずなのに、固い食物の代わりに乳を必要とする幼子に過ぎないという現実を明らかにしつつ、だからこそ「成熟を目指して進みましょう」と。

 その理由として6:4以下にこう記されています。「(なぜなら)一度光に照らされ、天からの賜物を味わい、聖霊にあずかるようになり、神のすばらしい言葉と来るべき世の力とを体験しながら、その後に堕落した者の場合には、再び悔い改めに立ち帰らせることはできません。神の子を自分の手で改めて十字架につけ、侮辱する者だからです。」と。

 しんどい時ほど掴んでいるロープを手放したくなります。しかし、神の救いを手にするということがどれほどの恵みなのか、そしてそれを手放すということはどれほど罪深いか、と言わんばかりです。神は離反の罪を見逃さない厳しいお方ですが、その最終目的は救いからこぼれた人たちを呪うことではないのです。では、何でしょうか。

 神は昨日今日明日の神の名のために示したあなたのどんな小さな愛をも見逃さず、「愛する人たち」と呼びかけて、一人ひとりを祝福したいと願っておられるのです。

(平松牧師)

日本キリスト教団 八尾東教会

〒581-0831 大阪府八尾市山本町北7丁目8−2

Tel&Fax 072−922−6677

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