日曜のあしあと(8月12日)

最終更新: 2018年8月25日

この日の教会学校は、神学生が礼拝のお話を担当しました。

礼拝後は先週に引き続いて夏休みの予定について語り合いました。


聖日礼拝は、いわゆるお盆休みということもあって、法事のために一家で九州へ行かれている信徒たちもいれば、関東から帰省してこられている信徒たちの出席もありました。

夏だなぁ〜という礼拝でした。


礼拝後にはいつものように交わりの会が行われ、帰省された方々も久しぶりに参加され、みんなで軽食をいただきながら楽しいひとときを過ごしました。


午後には、第1週が夏期一日修養会が行われたため第2週に変更された8月の役員会がありありました。


なお9月には16日に教会創立72周年記念礼拝、30日には音楽伝道集会が行われます。

案内チラシが掲示されました(配布用は後日届きます)。




聖日礼拝説教より

『大事なのはこれから』

聖書:エフェソの信徒への手紙4章17~32節


 使徒パウロは「わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長する」(エフェソ4:13)と教えました。成熟した人間とは、イエスをキリストと信じる信仰によって神と正しい関係を築き、それにふさわしい判断と行動によって神の栄光をこの世に証しする人ということです。

 その上でパウロはこう強調します。「もはや、異邦人と同じように歩んではなりません。」(4:17)と。「異邦人」とは、ここでは狭い意味での「ユダヤ人ではない」というより、「イエスが救い主であることをまだ知らない人、まだ信じていない人」のこと。信じる前の自分のあり方を脱ぎ捨てることができず、目移りばかりして信仰とは名ばかりになっている信仰者をパウロは問題視しました。

 そこでパウロはこう言います。「しかし、あなたがたは、キリストをこのように学んだのではありません。キリストについて聞き、キリストに結ばれて教えられ、真理がイエスの内にあるとおりに学んだはずです。」(4:20-21)と。古い人を脱ぎ捨てて、心の深みから新たにされ、神にかたどって造られた新しい人を身に着けなさい、と教えます。

 それは、自らの思いでなく神の思いを大切にし、神の聖霊を悲しませない生き方、神を礼拝することでそのことを体現する生き方です。神礼拝を忘れたところには何もありません。そこに自分の欲求を満たす一時的な充実感はあるかもしれませんが。何よりもまず神を求め、神を礼拝することを大切にする信仰を養いましょう。神を喜ばせる一歩一歩によって、あなたの中で新しい何かが始まっていくのです。

(平松牧師)

日本キリスト教団 八尾東教会

〒581-0831 大阪府八尾市山本町北7丁目8−2

Tel&Fax 072−922−6677

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