日曜のあしあと(8月5日)

この日の教会学校は、キャンプ後の日曜日ということもあってのんびりと。

礼拝のお話は神学生が担当し、礼拝後は夏休みの予定について語り合いました。


聖日礼拝は【平和聖日】ということで、平和を祈り求めるひとときを持ちました。

教会では教会学校のキャンプが行われました。夏の高校野球が始まり、平松牧師の前任地では青森ねぶた祭が始まりました。それらは平和だからこそ楽しめるもの、平和であることの大切さが説教で語られました。


礼拝後にはいつものように交わりの会が行われ、みんなで軽食をいただきながら楽しいひとときを過ごしました。


午後には、送迎バスに乗って柏原市のサンヒル柏原に行き、かなりにぎやかなカラオケ大会に負けじと、教会夏期一日修養会を行いました。平松牧師を講師に「福音普遍・時代在変・伝道応変」をテーマに、ホーリネス、メソジストの源流であるジョン・ウェスレーの歩みと信仰に学びました。みんなで夕食をいただいて終了!


夕食時の夕陽がとてもきれいでした。


聖日礼拝説教より

『それぞれの小さな一歩が』

聖書:マルコによる福音書10章13~16節


 イエスに祝福していただくために人々が子どもを連れてきました。しかし弟子たちはこの人々を叱ったといいます。なぜか。新共同訳「子供たち」は口語訳では原文のニュアンスに近く「幼な子」となっています。当時、幼な子は律法に対して一人前に責任をもつことができない年齢のため大人社会においては優先されるべき存在ではなかったからです。

しかしイエスは古くからの慣習に引きずられた弟子たちに憤り、「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。」と。そして言い聞かせるように「はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」と言われました。

 「このような者」というのは「子供(幼な子)のように神の国を受け入れる人」ということ。つまり、神に対して自分の力で功績を挙げることのできるものを持っていない人、何も持っていないがゆえに神からの働きかけを無条件に受け入れるしかできない人のことです。しかし、イエスをキリスト(救い主)として信じ、イエス・キリストによって示された神の御心をしっかりと受け入れ、彼に学び、キリストの弟子として御心に生きようとする人こそ、天国にいちばん近い人とも言えます。

 マタイ福音書5:9に「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」とあります。《神の国のしるしは、私たちが生まれ変わること、和解をすることによって実現される》と言われます。信じることによって神と和解し、変えられた者として隣人と和解する小さな一歩の積み重ねが明日の平和を作り出していくのです。

(平松牧師)

日本キリスト教団 八尾東教会

〒581-0831 大阪府八尾市山本町北7丁目8−2

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